経  営  談  話  室 
【経営談話室 Vol.11】
 
 液晶ディスプレイ用配向膜塗布装置で世界市場8割のシェア
 
    液晶産業で世界的な躍進、今夏にも佐倉市に新工場を建設!
 
ナカン 株式会社
     小田嶋社長に聞く
 
 今やすっかりポピュラーな存在となった液晶テレビ。その旺盛な需要は、国内外でとどまるところを知りません。液晶ディスプレイの画素制御を決定する配向膜を塗布する装置の生産で、世界市場の8割のシェアを握り、独走体制にある会社がナカン株式会社です。今夏にも佐倉市に新工場を建設し、増産体制を整え受注増に備える。
 今回は、液晶産業をリードする同社代表取締役の小田嶋 孝氏にお話を伺いました。
 
‥‥‥ナカンという社名の由来と創業当時の模様を教えて下さい
 創業者の名前が中西孫太郎といって、このナカニシという言葉が外国人の方には発音しづらいらしく、アルファベットの最初の5文字を取ってNAKANになりました。
 創業は昭和12年です。当時は東京・深川で中西鉄工所といってオフセット校正機という印刷のカラーセパレーション用の印刷機を製造していました。その後、戦争で深川が空襲に遭い焼け出され、市川の菅野に移って印刷機械メーカーとして会社を立て直していったのです。 そこの丁稚奉公として私が入社したのですが、それは昭和36年のことです。中学校を出てすぐのことでした。
 その後、本社工場の拡張にともない、ここ(千葉市花見川区千種町)に移ったのが昭和42年です。 その頃、私は夜、東京の学校に通っていましたから、遠くなってしまい大変だったのを覚えています。
 印刷関連機械の製造を主体にしながら、昭和50年代からLCD配向塗布機や配向膜の研究開発をはじめました。やがて配向膜が世の中から脚光を浴び始めたのが、昭和50年代後半。ほどなく印刷関連機械の売上と配向塗布機の売上が同額くらいになっていきました。
 液晶テレビが、まさかここまで伸びるとは思っていませんでした。需要が増えて、それと同時に当社も伸びているといった状況です。

‥‥‥液晶とは、そして配向膜塗布装置とは、どんなものですか?
 液晶というのは、2枚のガラスの中に液体であって固体みたいなものを注入したもの。これが小さな電力で動いて、表示することができるのです。
 液晶を注入する場合、その上下には回路基板があって、ショートを防ぐために回路の両面に1枚の膜を塗ります。それは絶縁膜ですが、それだけでは表示できないので、絶縁膜にシャッターをするための溝を作る役割をするのが配向膜です。配向とは方向性を定める、という意味で、この技術がないと液晶は生産できません。
 ここ5年程で液晶の基板サイズが大型化し、そこを当社が先取りして開発・発表していくようになってからは、当社の市場規模は一気に拡大し、現在では80〜85%のシェアを占めています。新規格のサイズに関してのシェアは、当社が100%です。   
 2005年には、30インチクラスの液晶テレビが、間違いなく30万円を切ると思います。現在、液晶テレビと肩を並べているものにプラズマテレビというものがありますが、あれは電気を食うんですね。自家発光で表示するため熱を出しますから、大きなファンをつけて冷やさなければならないのです。
 その点、液晶テレビは省エネで、しかも熱を出さず、耳障りな音を出すようなファンも不要で静かだという利点があります。さらに間接的な光を利用して表示するため、目にはとても優しく、疲れにくいのです。これからはシャープさんだけでなく、日立さんやソニーさんも参入してくるでしょうから、性能もどんどん良くなってくるでしょう。
 国内外の大手液晶メーカーは37インチを超える大型画面液晶テレビの開発競争を繰り広げています。これを受けて、次世代型の大型ガラス基板などへの対応を急ぐ必要にも迫られていることから、当社では、新たに佐倉市内に約3億5千万円を投じて新しい大型組立工場を建設して、液晶関連の生産をそちらに移す予定です。これによって2005年には年間売上が100億円くらいになるだろうと予測を立てています。

‥‥‥社長さんのこと、社員のこと、経営理念などについて教えて下さい
 私は岩手県の出身です。先ほども触れましたが、私は16歳で上京して、この会社に就職し、働きながら高校、大学まで夜学に通いました。最近は故郷の人々から岩手へ戻ってきて欲しい、という誘いが毎月のように来ています(笑)。
 従業員はこの本社で85名で、平均年齢は36歳です。課長が韓国出身だし、中国からも7名来ていて、中国残留孤児の子女もいます。営業本部長も中国人です。
 会社の経営方針は、『全社員がプロフェッショナルとして行動すること』を第一に掲げていますが、(部屋の中の『経営方針』を指して)実は一番下に書いてある「健康で円満な家庭を築くこと」が厳守事項で、全社員がこのことを心がけ守っていくことを、常に強調しています。家族が健康で家庭が円満であってこそ、プロの仕事ができるというものです。
 家庭内がゴタゴタしていたら、良い仕事ができないのは当然です。
 でも、この項目を経営方針の一番上にもってきてもどうか、と思いまして一番最後に謳ってありますがね。
 社長を引き受けて今年で9年目になります。就任当初は赤字続きで苦労の連続でしたよ。無理もありません、何も解らなかったのですから。でも、だからこそ必死になって取り組み、どん底から這い上がろうとしました。この苦難を乗り越えて何とか今の状況を築くことができました。結局、どん底時代に助けてくれる人がいたんですね。今でもその人のことを思い出すと涙が出るくらいありがたい気持ちでいっぱいになります。会社対会社ではあっても、やっぱり人と人のつながりなんです。
 お付き合いしている会社に、腹を割ってものを言える相手がいるかどうか、ということは大事なことです。

‥‥‥日本の経済は長期に渡って低迷が続き、製造業の空洞化問題も抱えておりますが
 中小企業でも大企業でも、伸びている会社の社長さん・会長さんは必ず忙しく精力的に動いています。私も今、世界各国をふっとんで歩いていて、日本にいるのは年間を通して3分の1位です。それ以外は世界のどこかに行ってます。犬も歩けば棒に当たると言いますが、外に出て歩けば、どこかで何かしら新しいものに出会う。誰かと握手をして、繋がりが作れる。どんどん外に出ていろんな人に会うこと、これが大切なんです。昔は黙って座っていても、仕事が入ってきましたが。
 よく人が「何でお前、そんなに忙しいんだ」と不思議がります。でも、私は目的があって忙しいのではなく、忙しくするために動き回っているんです。
 私は今57歳ですが、飛び歩くにはもうそろそろトシだと思っています。
 新しいことに取り組む意欲を持つには、トップが70歳を超えてるようじゃダメですよ。ハイテク産業のトップならなおさら、行動力ある40代後半くらいのトップでないとy。
 今や製造業の空洞化が言われ、技術立国という言葉が消えてしまいましたが、日本には埋もれている技術がまだまだたくさんありますよ。問題はそれをどう育てていくかです。
 国、県、市、商工会議所等は、ベンチャー企業の育成と保護策を大いに推進してほしいですね。技術を持つ人や企業を立派に育ててから税金を取るべきですよ。ベンチャー企業なんて、技術だけを武器にして仕事に突っ込んでいっているのですから、経営には無頓着なんですよ。
 こういう人達に対しての今の税金の取り方は不自然すぎると思いますね。十分儲かるようになってから税金を取るようにした方が、税収も増えることになるし、経営者の意欲も高まると思います。そういう循環的なしくみを考えて行くべきです。
 要は、これからの日本の再生は少しでも技術力のあるベンチャー企業を盛りたてて行くことが1つの鍵になると思います。

(同社は平成15年3月13日、「第8回千葉元気印企業大賞」(主催 日本工業新聞社)で「日本工業新聞創刊70周年特別賞」を受賞されました)

 
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