経  営  談  話  室 
【経営談話室 Vol.12】
 
 60歳 新入社、70歳 選択定年!
 
    社会が求め、熟年エンジニアが求めた雇用システム
 
株式会社 マイスター60
     平野社長に聞く
 
 高齢者に対する意識調査によると、高齢者のおよそ6割以上が「まだ働きたい」という気持ちを持っていると言われています。そんな中、定年退職した60歳以上の技術者を雇用する会社が注目を集めています。(株)マイスター60では、平均年齢64歳の熟年エンジニアが、豊富な技術と経験を活かしながら就業しています。
 今回は、そんな新しい働き方を提唱する平野茂夫社長に、お話を伺いました。
 
‥‥‥起業のきっかけを教えて下さい。
 平成元年の、敬老の日の朝のことでした。休日でしたから家内と食事を済ませ、コーヒーを飲んでいたら、ラジオから敬老の日特集のトーク番組が流れていたんです。その中で発表されていた川柳が『サラリーマン 会社辞めればタダの人』。私はまだ47歳でしたが、ずばり言い当てているその作品に「私もいずれこうなるね」と、夫婦して苦笑しました。なるほど考えてみれば、気力も知力も体力もある方が、定年の日を迎えた途端、"タダの人"になってしまう。そこでハッとしました。
 これからの高齢化社会を展望する上で、60歳定年という慣行は、もはや陳腐なものになりつつあるのではないか。確かに私の周囲にいる先輩諸氏が、お元気なまま定年を迎えて、その能力とエネルギーを持て余している姿を、私自身も日頃から目にしてきました。もし60歳から再び社会の中に堂々と入っていける、そんな新たな仕組みを作ることができたら、と…。
 そこで浮かんだのが「60歳新入社、70歳選択定年」という発想でした。60歳はピカピカの企業戦士1年生。入社後は毎年、自らの健康や気力、企業人としての社会対応性の有無などを確認し、70歳になった時に働き続けるかどうか更に確認する。老いて老醜をさらさず、という言葉もありますが、老醜なんかさらさせない、ということです。「年齢は背番号、人生に定年なし」。そんな言葉をかかげて、企業化に踏み切りました。

‥‥‥実際に事業をスタートさせる時に苦労されたことは?
 まず私が社長を務める設備メンテナンス会社、(株)マイスターエンジニアリングのお客様にリサーチしたところ、資本金がたった1000万円で、高齢者だけを雇うような会社には発注はできない、と率直に言われました。例えば何かトラブルが起きた際、そんな会社では弱者救済措置で発注先の方が責任を負わされてしまう可能性が高いのです。それで、既に信頼をいただいていた(株)マイスターエンジニアリングを親会社にして、その上で高齢者を採用するならば、社会的にも意義があることだし、いいじゃないか、とお客様の賛同を得たわけです。あとはもう一つ、実際に働きたいという意志を持った高齢者が集まるかどうかを確かめなければなりませんでした。
 そして平成2年の正月明け、新聞広告に高齢者を対象とした「正社員募集」の求人広告を出しました。すると翌日の月曜日は、朝8時から夜7時頃まで応募電話が鳴りっぱなし。それから金曜日までの1週間で、100通以上のお問合せをいただきました。その中から15名の精鋭の入社が決定し、これは直ちに会社を作ろうと、2月1日の創業に向けて動き出しました。
 さらに、大阪中小企業投資育成(株)から、法改正により新たに制定された育成制度の第1号の適用で、公的資金を受けられることになり、各種マスコミにも注目されるようになりました。やはりこのコンセプトのテーマ性の強さが、多くの機関や人々の共感を得られたのだと、実感しましたね。

‥‥‥実際に会社がスタートしてからはいかがですか?
 当初は、取材を一切お断りしていました。万一、マスコミに面白半分に取り上げられて、当社の社員が矢面に立つことで、働く高齢者全体が批判の対象となってしまうのが恐かったんです。しかし実際、経営にあたっての決定的な障害は現在に至るまでひとつも出ていませんので、今では取材はもちろんオープンにしています。また、当社のシステムを真似て、導入したいという会社が全国に続々と誕生し始めているのも、実に素晴らしいことだと思っています。
 創立当初はバブル時代。あの頃は、どんどん儲けて、文化事業に出資したり、立派なホールを建てたりといった経済的な成果で社会に貢献することが企業の役割、というような風潮がありました。当社にはそんなお金はありませんでしたが、高齢者の雇用によって、良き企業市民としての役割を果たせたと思っています。
 当時、(株)マイスターエンジニアリングは人手不足で、社員の平均年齢が29歳くらいでした。元気はあっても、熟練した技術が不足していたんです。それを補ってくれたのが、熟年エンジニアでした。このことは人手不足を補うだけでなく、ベテランから若手の社員へ、技術の伝承もできて、一石二鳥、三鳥でした。理念を追求したことで、創業前には考えつかなかった、多くのメリットを持つことができたんです。
 若手社員が(自分の親のような)熟年エンジニアと一緒に仕事をするという、かつて日本に存在した大家族制を思わせる環境で、いい意味での自己抑制感が生まれました。世代間で刺激を与えあい、その上、伝統が受け継がれる。これは疑似家族的な素晴らしいシステムなんです。本当に予想外のメリットでした。最高78歳のベテランと、専門学校を出たての20歳の社員たちが一緒に作業を進めるんです。若者の人格形成において、高齢者が人生の師表となってくれるということは、大変良いことだと思います。

‥‥‥平野社長の、マイスター60起業までの歩みを教えて下さい。
 私は香取郡の小見川町に生まれました。私が生後間もなく父親が中国で戦死しまして、今思えば年配の方を、親父のような存在に思う原始的欲求というか、そんな気持ちが強かったようです。中学を出てすぐに東京で働き、資金を貯めてから東京電機大学電機学校の夜学に通いました。卒業後、ホテルオークラに入社。電気設備などの維持管理を担当し、充実した毎日だったのですが、ホテル業の主役は接客部門や営業部門で、施設部門の一技術者が社長になれる可能性は皆無でした。もちろんその頃の私は社長になるつもりなんかありませんでしたが、どうせ働くならこの腕と技術を活かせる職場で、自分を試したいと思い、自分が主役になれる会社を探しました。そして、たまたま面接を受けた(株)丸誠という小さなビル管理会社で、後に社長になる常務さんから直接電報があり、ぜひ会いたいと言われたんです。まだ若かった私に「縁あって集まったみんなの会社を作りませんか」という言葉。ある一党一派のためでなく、"大衆のための会社を作ろう"という言葉に、私は胸が震えました。
 人との会話の中で、あるいは偶然出会った言葉の響きにハッと閃くことが、どうも私の人生のターニングポイントのようです。すぐに入社を決意しました。やがて大阪で分社した(株)大阪丸誠で、88年に社長に就任しました。社名を(株)マイスターエンジニアリングに変更したのは91年のことです。

‥‥‥「高齢者が働く会社」としての理念はどんなものなのですか?
 従来、60歳以上の雇用と言えば、アルバイト的な嘱託がほとんどでした。当社は全て正社員採用です。高齢者たちというのは、お金より生き甲斐を求めています。大袈裟に言えば娑婆を離れて、仏の境地にいるんですね。そんな、人間の尊厳に基づいた欲求に応える職場ですから、誇りを持ってもらわなければ。だから現場に出る社員の名刺には、全員シニアマネージャーと明記されています。現場に出ない社員も、みんな肩書きを持っているんですよ。
 それから高齢者雇用で一番配慮が必要な点は、万が一ケガをしたり、お客様との間にトラブルが発生した場合、なかなか個人では責任を取りきれないということです。高齢者が1人で責任を負ってやっていくのは難しいものです。でも社員として働いてもらえば、何かあったら会社に駆け込むことができますからね。
 あれから13年、世の中が不景気になればなる程、企業活動というものに価値が出てきます。今の時代、経済目標を掲げるだけでは、なかなか社員はまとまらないでしょう。社員が、働くということにロイヤリティを持てる、それにはやっぱり「理念」なんです。何のために働くのか。月給が低くても、燃えるものがあれば、人は自分の将来を託せるんです。考えてみれば経済なんて、いつの時代も上がったり下がったりするんです。個人個人の家庭の中だってそうでしょう?人生においても、家計においても、いい時と悪い時が繰り返すものです。その波がどんなに上下しようが、理念の力、精神の力というのはそれを乗り越えられるほど大きいものなんです。これが、経営というものの真髄だと思いますね。
 経営者は、高邁な理念を高々とあげていなければなりません。それは確かに堅苦しいかもしれませんが、それを楽しいと思える心境に持って行くということが、社長としてあるべき理想なのかな、と常々思っています。

 
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