経  営  談  話  室 
【経営談話室 Vol.20】
 
 お客に投資する鮮魚店
 
        よいものを安く…小売り店のチャレンジは続く
 
有限会社 石毛魚類
     石毛社長に聞く
 
 デフレ不況、大手スーパーの進出、消費者の魚離れ、商店街の衰退…町の魚屋さんが次々に廃業してゆく理由をあげれば、きりがありません。しかし、わずか3店舗(計80坪)で素晴らしい業績を残す石毛魚類には、そんな言い訳は全く無縁です。
 地元で「石毛」と言えば知らぬ人のいない鮮魚店、有限会社石毛魚類の石毛社長にお話を伺いました。
 
‥‥‥開店当初のことを教えて下さい。
 私の叔父である先代の社長と2人で小倉ショッピングセンター内のテナントに入ったのが最初です。私の実家は横芝の魚屋で、親は本来ならその店を私に継がせる予定だったらしいんですが、私は鉄鋼会社に勤務した後、都内の鮮魚店で働いて、実家に戻りました。その時、このまま田舎で商売を続けることに疑問を持ち、一緒に魚屋をやっていた叔父とこっちへ出て来ました。叔父は横芝の魚屋を親戚の者に譲って、50歳を過ぎてから私と千葉に出て来ましたから、今になれば思い切ったことをさせちゃったもんです(笑)。昭和41年頃、まだ小倉台は団地の造成途中で、道路も砂利道でね。とにかく経営のことなんて何もわからないから、ただ安く売るだけでした。利益はともかく売り上げはありましたね。それから千城台に移り、法人化したのが昭和43年。続いて都賀店、みつわ台店を開店させ、以来「いいものを安く」というポリシーでやってきました。やはり量販すること、薄利多売の精神です。シンプルですが続けるのは難しい。仕入れは船橋、銚子、勝浦港がメインです。自然相手だから港ごとに取れ高も違い、値段も上下する。3つの港から仕入れるので、それぞれの利点が手に入ります。
 うちは基本的に朝、一度値段をつけたら絶対に下げない。これが限界、という値段を最初につけておくんです。時間が経ったからって安くしたら、朝買ったお客様が怒りますよ。だったら早い時間にどんどん売ればいい。お陰様で特売の時や暮れは朝からお客様でごったがえします。

‥‥‥「買いたくなってしまう」お店づくりとは?
 手書きの毛筆のポップが店中に貼ってありますが、最初は私が下手なりに書いていました(笑)。今、専業でお願いしているのは、うちの子供がお世話になった元・幼稚園の先生。勢いのある素晴らしい字を書いてくれて、商業の専門家の方が見ても「魚屋でこれだけのポップがあるとは…」と唸っていますよ。お習字のような、ただ上手でキレイな字ではなく、生きている力強い字なんです。この訴える力はすごいですね。魚はイキが勝負ですからね(笑)。
 それから、商品は翌日に持ち越しません。仕入れたものはその日のうちに売り切るのが原則です。よく「残ったらお惣菜にして次の日に売るんですか?」と聞かれますが、お惣菜にはお惣菜用に材料を買うんです。残るように商売をしていたら、そのぶん利益に食い込みます。とてもこれだけの売り上げは望めませんよ。 

‥‥‥社員教育や研修はどのように行なっていますか?
 以前は先代の社長が従業員教育をしていましたが、亡くなってからは商工会議所さんなどの紹介で様々なセミナーに参加するようになりました。最初は参加者名簿に同業者もいないし「魚屋がセミナー受けても…」という程度でした。でも理論だけでなく実践でやってきた経営者の方々の話を聞いて感動しました。それからは事あるごとに様々なセミナーに参加し、みんなずいぶん刺激を受けたようです。年1回は海外視察にも連れて行きますよ。お客様にも感謝していますが、勉強熱心な従業員にも感謝しています。
 例えば都心のビル街でも、すぐ近くの住宅地には光っている小さな店、生き抜いてきたお店が必ずあります。そこに答えは必ずあるので、店舗見学は頻繁にやっています。海外の大手スーパーも、日本に上陸する前に視察しました。うちが取り入れるべき部分、逆に相手に不足している部分…見るべきところは山程あります。その時はピンと来なくても、あの店がああやってる、あそこにこの店が入ったと研究するのは楽しいものです。やっぱり商売が好きですから。
 海外でも駐車場が何万台の巨大ショッピングセンターを視察すると必ず、その周辺に生き残ってる中小の店がある。アイデアはそこから拾えば、必ず何かしらの方法が見つかります。あんなとてつもない売り場面積の大資本と戦うには考え方、発想を変えなければ勝負にはなりません。

‥‥‥消費者の魚離れが叫ばれていますが?
 小倉や千城台に、まだ若い世帯が多い時代は家庭の食事が肉中心でした。あの当時は"魚離れ"を実感したものです。でも本当に旨いものを提供すれば、他所が売れなくても絶対にうちは売れるという自信がありました。おいしくないものを食べさせられれば、お客様は二度と来ないし、おいしいものなら「また食べたい」と思ってくれる。食べてもらえばわかるんです。本当に新鮮な旬の魚、これ程おいしくて贅沢な食べ物はありません。今の世の中、本当に自然なものが一番贅沢なのかもしれませんね。
 狂牛病など、食品業界は騒然としていますが、魚屋もPCBで苦しんだ時代がありました。築地の市場では魚が山積みで余っていて、うちにも1日数人しかお客様が来ない。そんな時、まだ健在だった先代が「大丈夫だ、男が商売で失敗するのは、おかしいことじゃない。遊んだわけでもない、商売を一生懸命やってきたんだから貯えもある。その貯えで今、頑張れば絶対大丈夫だ」と言うんです。そこで『うちの商品は信頼できるもので、危険な地域からは絶対に取り寄せていないものです』と堂々と唱い、特売をかけたんです。するとお客様は一気に増えて、現在の店と同じくらいの賑わいに。それが本当に信頼してもらえたということ、"お客様は絶対に裏切らない"という証拠だと実感しました。あの辛い時代に、沢山のことを教わりましたね。

‥‥‥小売業の不振が社会問題になっている今、生き残る秘訣は?
 千城・小倉では鮮魚の路面店はかつて競争相手が13店ほどありましたが、うち以外みんな閉店してしまいました。商店街そのものが元気がないですね。この千城台も、すぐ近くに大型ショッピングセンターがありますが、そのグランドオープンの日もうちの売り上げは減りませんでした。向こうは何万人という人を集めましたが、その時に商売をするか、投資をするかなんです。商売だけしたって、お客様は絶対に来てくれない。商売ではなく投資をすれば、それがお客様に訴える力となり、後になって必ずこちらを信頼して、また戻ってきてくれるんです。
 あの売り場面積と真っ向から戦うより、普段からきちっとした利益の確保に努めて、それを必ずお客様に還元する。しかるべき時期を待って還元すれば、今度はお客様がうちに還元してくれる。競合店が来てから大騒ぎするのではなく、いつ来てもいいような体制を取ることです。向こうは何億、何十億と投資して、その分莫大な金利を払いながらやってるんだから、開店時は安くして賑わうけれど、そんなに長くは続かない。だったら「安く仕入れたら安く売れ、高く仕入れても安く売れ」です。私達のように小規模でも、自分の利益を減らせば必ずお客様にはわかってもらえます。常にお客様に投資することです。これから先も私は魚屋しかできないし、一生、このまま長靴を脱ぐ気はないですよ。

 
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