経  営  談  話  室 
【経営談話室 Vol.22】
 
 この街で、本物のフレンチを貫く職人
 
みんなが楽しめるフレンチを、最高の味とサービスで。
 
株式会社 シェ・ケン
     山口社長に聞く
 
 とかく敷居が高いと思われがちな本格フランス料理を、クオリティを落とすことなく一般的な価格へと近づけることに成功したレストラン「シェ・ケン」。今も一人の料理人として、走り続ける山口社長に、若松店にてお話を伺いました
 
‥‥‥コックという仕事を選んだきっかけは?
 父親が、いつもおいしいものを作って食べさせてくれる人でした。手打ちそばなんか、その辺の観光地で出て来るのよりよっぽど旨くて、山口家の味、というのかな。その影響か、料理の道を志してホテルでフレンチの修行をしましたが、金になるからと聞いて、おでん屋の屋台を引っ張って歩いた時期もありました(笑)。やがて、このまま日本にいたら無理だと感じ、その後22歳でフランスに渡りました。それこそ無一文で、観光ビザでね。
 そして25年前、フランスから帰国して千葉にお店を開きました。地方には本物の専門店が育たないという概念を崩したかった。専門店には、経営する側にもお客様にも厳しいマナーが要求される。予約してから来いとか、ジャージや下駄履きでは困るとか…何故かと言えば、本物を食べてもらう以上、それだけの心構えで来てもらわないと、作る方も本当に真剣ですし、雰囲気も盛り上がらないんです。

‥‥‥ケータリング業を始めた理由は?
 千葉で「シェ・ケン」の名は知れてきましたが、この小さな店だけではやっぱり行き詰まってきます。自ら毎日14時間労働を続けてても、会社が大きくなる前に自分が倒れたらそれで終わり。将来を見据えると、これでは余裕のある経営なんて出来ないと思った。そこで全国に、そして大手企業に売れるような商品づくり、メーカーとしてフレンチのケータリングを始めたんです。
 私はフランスのアルザスでフォアグラの全てを学びました。ちょうど帰国してほどなく、機内食ブームが起こり、飛行機内でも缶詰でなく本物を出す時代になった。千葉には成田があり、機内食はシェ・ケンにぴったりのフィールドでした。そこにフランスの伝統の味のテリーヌで参入しました。それもこれも、フレンチレストランを完全に余裕ある形で続けていくための手段でした。
 17年程前、幕張メッセの「フードショー」に初めて商品を出展しました。そこで「シェ・ケン」の名が認知され、世界中の業界のお偉方や、機内食の関係者も絶賛して帰っていったんです。メーカーとして一気に注目を浴び、うちのフォアグラは飛ぶように売れました。その後、スタッフをレストラン部門と製造部門・ケータリング事業部とに分けました。その2つが1つの流れで、それぞれが伸びてきて、今度は工場の方が本格的に大量生産できるようになる。やがてリゾートやホテル関係にも参入していきました。

‥‥‥客単価が高くてもお店は人気だったそうですが…?
 最初に若松店の場所を見た時、私にはリヨン郊外のアラン・シャペル(道路沿いにある三ツ星レストラン)の景観が浮かんだんです。それで即決しました。この51号線沿いは、どんな大手も長続きしないと言われます。ここで客を引っ張れなかったら自分は大したことないと思いました。条件とか環境なんて、私には全く関係ないんですよ。
 実際、千葉の蒼々たる御仁が常連客でした。「ここでしか本物は食べられない」と、51号線の路肩にベンツがずらりと並んでいた。それ程、客単価が高かったんです。それでは、一般のお客様は来られない。フランス料理というと、緊張してわけわかんないうちに食べちゃったなんて言う人もいるでしょ?やっぱり客単価を下げ、値段の面では大衆化して、みんながおいしいフレンチを食べられるようにしたい。そのためには工場を大きくして大量仕入れを実現すれば、レストランでも3万円だった客単価を3千円にできるんです。事実、今ではそれが実現しています。
 普通、千葉でこんなお店はなりたたないけれど、ケータリングの業績があったから、どっちかが伸びない時はどっちかが助けて、何とかつぶれずにやってこれたんです。現在はケータリング業がうちの心臓部とも言えますね。

‥‥‥料理人を育てる、ということについては?
 なにしろ大事なのは"人"ですね。近年は労働条件の確保が問題にされますが、フランスではもっと厳しい環境でやっています。それは自分の国のサービス業としてのプライドを守ろうとする環境があるから。食に関するサービスは自分の国が世界一だというプライドがあるんです。向こうでは15歳から現場に出て、働きながら学校へ通う。そこで基礎を作り、現場のコックと学校の先生が共同で職人を育てていく。しかし日本では料理学校で免許だけもらって、マナーの何たるかもわからず就職していく。職人が育ちづらい環境です。でもコックは本当に料理が好きじゃないとできません。建設現場の肉体労働よりよっぽどキツい。うちは見込みのある子は全員フランス留学させています。昨年頃から、今までフランスに行かせた、私の後継者と言える子がぐっと伸びて来た。今までやってきた事が間違いじゃなかったとようやく思えるようになりました。20代の助さん格さんが何人も出てきてくれて、うれしいですね。

‥‥‥経営者として、料理人として心掛けていることは?
 フランス料理をやっている以上、朝からフレンチ。3食、毎日。まずいものは一切食べない。日々勉強。今日なんか朝からフォアグラです。数年前から自分も脂肪肝ですけど(笑)もう職業病。健康のため、毎日朝5時半からジョギングを続けていますが、それも発想を転換する大切な時間ですね。普段から常に、経営と営業というものが頭にないといけない。トップは1人しかいないんだから、目一杯やらなきゃ。それはもう人の何倍も働かなきゃいけないですよ。己の人生をかけるつもりでね。
 それからフランス料理である以上、全ての料理に醤油も味噌も一切使いません。厳選素材で、着色料も一切使わない。レストランでお出しするコースは旬の野菜を最低7種、できる限り10種は使っています。メニュー考案のためには自然を見ないといいものが出て来ませんね。四季感を大事にして、原点に帰る。夜の街で遊んでてもいいものは作れませんよ(笑)。コックの腕は一週間、調理場から離れれば落ちて行きます。職人は現場に立ち続けなければ。

‥‥‥値段を下げることで、抵抗はありませんでしたか?
 ケータリングが安定してきた頃、レストランで今まで5,500円だったランチを2,500円に下げました。高いままでもお客様は入っていましたが、工場が順調に稼動し、大量仕入れのおかげで食材が安くなって、レストランでも価格が下げられる。フランス産のフォアグラも数百キロ単位で仕入れれば、みんながなじめる値段にできる。急速冷凍機も発達しましたし、それまで業者を通していたものを直接地方から仕入れることにして、野菜でも魚介でも、北海道や九州からいいものが安く届きます。それだから2,500円のランチにフォアグラが乗るようになったわけです。
 社員はみんな反対しましたし、中には「大衆化したら、もうこの店には来ない」というお客様もいましたが、安くておいしくて、雰囲気やサービスが変わらなければ来るべきでしょう?日本人って高い店が美味いと思ってるんですが、この値段で、こんなにおいしいものが食べられれば、それは大きなサービスなんですよ。
 今年の初め、ちょっと変わったことをやってみようと、ランチバイキングを試してみました。志津店と沼南店で1人1,300円、デザートも食べ放題だと1,900円。社員はみんな驚きましたよ。シェ・ケンでバイキングかと(笑)。でもやってみたら1日100人以上入った。沼南店では今でもお客様が引きもきらず、すっかり定番になっていますよ。
 先月25日には中央店がリニューアルオープンしました。1階がお惣菜とお菓子、2階がレストランだった店舗を拡大して、1階2階ともにレストランにしました。お惣菜とお菓子の販売は続けますが、千葉の街の真ん中に、本物が食べられるレストランが1軒あってもいいかなと思っています。ぜひ皆さんに食べに来ていただきたいですね。

 
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