経  営  談  話  室 
【経営談話室 Vol.42】
 
 期待のシーズンはもうすぐそこ!もっと楽しい球場を目指して
 
「地域と一体になり、
  生まれ変わる千葉のプロ野球」
 
株式会社千葉ロッテマリーンズ・瀬戸山球団代表に聞く
 
   昨シーズン、31年ぶりのプロ野球日本一に輝いた千葉ロッテマリーンズ。今年4月からの千葉マリンスタジアムの指定管理者の予定候補者として、球場運営に取り組んでいます。2004年3月に球団代表に就任し、「地域と一体に」をモットーに尽力してきた瀬戸山隆三代表にお話をうかがいました。
 
‥‥‥●もともとダイエー出身だとうかがいましたが。
 もともとは大阪の商人の家に生まれて、何となく大学卒業後は商社に入るつもりでした。先輩たちも名だたる大手商社に就職していて、自分も何処かに入れると思っていましたが、第2次オイルショックで就職は狭き門でした。気が付いたら、当時まだまだ人不足だったダイエーに半分騙されたような感じで(笑)、昭和52年に入社しました。
 最初は店舗の精肉部門を4年くらいやっているうちに面白くなっていって、茨城県にある全寮制の食肉専門学校にも半年程行かせてもらったんです。その後、部門長まで行きましたが、突然本社の人事部に呼び戻されました。昭和61年、大阪の本社が東京に移ると同時に、私も東京に来て、事業企画室に籍を置くことになった。そこで突然「お前が担当してくれ」と言われたのが、プロ野球でした。
 私自身の野球経験は一応、高校・大学でやってたくらいで、何をすればいいのか全然わからない。仕方ないから企画書作って、半分困りながら中内さんのとこに説明に行くんです。すると「真面目にやれ〜!」と書類投げつけるんですよ。まあ怒られるだけじゃなくヒントもいただきましたが、その年明け早々に上司が「瀬戸山君、良かったな、もう一本来たぞ!」と言うんです。今度は南海電鉄がホークスをダイエーに譲りたいという話が来た。昭和6310月、南海ホークスは福岡ダイエーホークスに称号変更して、福岡に移ったんです。




‥‥‥●ダイエー時代のエピソードを教えて下さい。
 ダイエーホークスには平成元年から16年までの約15年間携わりました。私は中内さんにずいぶん可愛がってもらい、たぶん一番怒っていただいた1人だと思います。朝の6時半くらいに、スポーツ紙を見た中内さんから電話をいただいて怒鳴られることもしょっちゅうでした。朝刊にはチームについていろいろ載っています、瀬戸山が妙なことを喋ってるとか(笑)。もう辞表は30通くらい書いてましたね。
 最初の4年間、平和台球場時代は総務課長と総務部長をやっていました。私が中内さんから言い付かった役割は、西鉄ライオンズの街・福岡で市民権を得ることでした。
 その当時の総務・経理は私が責任者でした。中内さんいわく「赤字は20億円まで」。チームも弱いし、戦力補強も出来る状態じゃない。もう一生懸命、中洲の店を一軒一軒全部廻りましたし、杉浦監督が私と一緒にお中元配りに廻ってくれたこともありました。「顔出せ、声出せ、頭下げ!」が合い言葉。営業マンだけじゃなく皆で出ていって、とにかく席を買ってもらい、売上げは35億、経費は55億弱。平和台での4年間で何とか赤字が20億円を切り、平成5年からは私が代表を務めました。



‥‥‥●ダイエーの球団代表を退かれたきっかけはあったのですか?
 平成15年には阪神と戦って日本一になった。中内さんはもうダイエー本体からは退かれていましたし、私もぼちぼち、もう野球はいいかなと考えていたら、翌年の2月、ロッテ本社の方が博多にいらっしゃって、球団代表か社長をお願いしたいと言うんです。最初にオーナーとお会いした時、千葉の地で、市営球場でお客は来るんだろうか?とおっしゃった。オーナーも、赤字が年40億円もあって、このままだったらやめたいと言う。面白いことに、中内さんと同じで赤字は20億だったらいいと言うんですね。しかし経費を削減しようというスタイルでは、今のプロ野球は無理。「千葉で」と言いますが、何処でやったって一緒です。野球をやるんだったら、それなりに力を入れると約束してくれ3年間、千葉で本気になってやらせてくれれば、赤字は20億円近くまで減らしましょう、と言って着任したんです。
 今年は指定管理者制度を導入しますが、あまり強引に我々のペースでは無理があるので今年は28億の赤字が25億になればいいくらいの気持ちでやろうと思っています。優勝した後では当然、選手の年俸もどかーんと上がっているし、もう売り上げを上げるしかないんです。



‥‥‥●ロッテに着任当時、大変だったことはありますか?
 どんなに経費を削っても、どっちにしろ売上げは上げないといけません。社員には、何処でもいいからまず動け!出ろ!と繰り返しました。とにかく「顔出せ、声出せ、頭下げ!」です。私自身も市長のとこに通いました。千葉では何処に行っても「野球は巨人」と言われる。それでも我々が「顔出せ」をやってるうちに、ちょっとずつ変わっていきました。今、野球だけで人を集めようなんて思ったら大間違い。ファン参加型、選手参加型で、球場をもっと楽しい場所にしなきゃいけない。入場料でお金を稼ぐのではなく、滞留時間を長くしてもらうんです。休日のナイターなら昼頃から球場に来て食事をし、時間になったら入場して、試合前には開幕イベント、そして花火。試合後は選手たちと写真が撮れるとか、ステージで一緒に歌えるとか、球場外でも、おいしいメロンパンとかたこやきを食べて帰る、海浜幕張の駅までの間もいろんな楽しみがある。そうやってちょっとずつお金を落としてもらう。そこに規制があったら話になりません。



‥‥‥●選手たちへの影響はいかがでしたか?
 売り上げが上がることで、選手たちも元気になる。今まで100持ってる力を7080しか出せなかったのが、120出るようになる。まさに昨シーズンがそうでした。甲子園の高校球児が、勝つたびに力を蓄えていくのと同じです。
 球場というのは、選手たちが演じる舞台なんです。その舞台を、昨年の開幕時には、びっくりするくらい変えてやりたいと思った。だから一昨年、皆で企業を廻って、球場のフェンスの看板を必死で取ったんです。あれには選手達もびっくりしたと思います。彼らはお金がいくら落ちたかよりも、ああいう大企業が僕らを応援してくれてるんだと感じる。やがて後援会がいろんなところに出来て、千葉の偉い人たちが球場に来るようになり、グラウンドに降りて、選手を激励してくれる。これも選手の励みとなり、力になっていきました。
 さらにキッズデーとかカメラデーとか、私どもの手作りでイベントは企画出来ます。だんだん規制が緩和されてきて、ステージも作れるようになった、ポスターも貼れるようになった。シーズンシートも、地元のいろんな名のある方が買ってくれるようになって、一昨年と昨年と比べたら、お客さんの数は倍近くなりました。さらに球場運営も我々でやらせていただくのが指定管理者制度です。また、シーズンオフにはロータリークラブの例会や、大学などのイベント行事に使っていただくなど、地域のいろんな団体にご利用いただく。大きなコンサートイベントなどを呼ぶのも大切ですが、ぜひ地域と一体になった多目的な使い方をしてほしいと思いますね。



‥‥‥●球場内外のプランもいろいろ具体的にお持ちだとか。
 チケットのシステムもまだ非常に原始的で、前売りのシステムがものすごく弱い。最近はコンビニなどでも買えますが、出来れば球場に来て、前売りやグッズを買ったついでに、プラス
αで楽しんで帰っていただきたい。
 今年は、市でフィールドシート(正式名:フィールド・ウイング・シート)も整備してくれています。同時に球場外も、もっともっと充実させたい。シンプルでいいんです。球場の横に子ども用のグラウンドでも作って、夏休みは毎日子どもたちと家族が一緒に1日過ごして帰る。さらには千葉の名産品の直売なんかをやってもいい。これはまだ構想中ですが、素材は全て千葉産のレストラン。ハンバーガーだって、レタスもタマネギもお肉も千葉産で出来るんです。そんな夢がどんどん拡がっていきますね。
 また、今流行りのネーミング・ライツ(命名権)も検討しています。私は出来れば、トゥエンティーシックス(26)スタジアムがいいと思っているんですが。
 他にも、千葉県内で2軍を誘致したいというところが幾つか出て来ました。本当は幕張近辺が一番いいんです。選手の練習風景を見ながら食事なんかが出来たら最高です。今は浦和とマリンだけですが、2軍は千葉全域に、いずれはキャンプもこっちでやってほしいですね。
 もちろん今年も、日本一を目指したい。昨年はパレードで皆さんに協賛いただき、24万人が集まる素晴らしいものになりました。1.5トンの紙吹雪は小学校の児童が作ってくれたものです。終わった後はたった1時間で街中がきれいになった。これはおそらくこれまでに無かったことだと思いますね。V2を目指すと同時に、我々は近い将来、黒字化を目指していきたい。そのためにも、事業の項目をもっと増やしていくことが課題だと思っています。
 



 
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