経  営  談  話  室 
【経営談話室 Vol.48】
 
 問屋から小売業まで、地元密着で130余年
 
  「そうは問屋が卸す
  マーケットをつくりたい」
 
株式会社飴安商店・市川社長に聞く
 
  千葉の町に根づいて130余年。食品・雑貨の問屋から、市内5店舗の地元密着型スーパーマーケット、イベントでの飲食販売と、マーケットの世界という活動拠点を縦横無尽に拡げていく市川社長にお話をうかがいました。
 
‥‥‥●創業当時のことを教えて下さい。
 
創業は明治5年、市川安太郎という先代が水飴や砂糖などを売っていたそうです。その後の経営者が安太郎の名を襲名していったので“飴屋の安さん”と呼ばれ、それが飴安商店となって、私は5代目にあたります。
 もともとは問屋業で、小売部門は、先代と私とで手がけ始めました。先代が作った現在の飴安花園店は、戦中・戦後の統制の時代には配給所だったそうです。それが払い下げになり、煙草と塩の販売を始めたのが最初でした。小売業としての正式なスタートは今から30年程前です。問屋がスーパーをやることは当時、我々のお客様=小売業の領域を犯すことでした。そこに若干の抵抗があったことは事実です。もちろん、お客様に魅力ある売価設定のためだと説明しましたが、小売部門が花見川区・美浜区エリアに集中しているのも、集客エリアに問屋部門のお得意様が少ないことを念頭においた結果です。現在スーパーは「アームス」4店舗を含めて5店舗になりました。本体である飴安の右腕(アーム)になってくれるように、というのが由来です。





‥‥‥●問屋業、小売業とを兼ねることのメリットを教えて下さい。
  飴安では今、柱を3つ持って動いています。1つが問屋業、卸売事業部。そしてもう1つがアームスなど小売事業部。最後に飲食事業部。現在のところは焼き鳥屋2軒、焼肉屋1軒、そしてイベント関係です。マリンスタジアムの客席で、また花火大会やモーターショー、フリーマーケットでビールやジュース、たこ焼きや焼そばを売る。Bay FMさんのイベントでは特に、いろいろ業務提携しながら契約をさせていただいています。
 飲食部門は飲食部門で採算がとれるように動いてもらっています。イベントでは出店業者の中から「食材が足りない」と声が上がることもある。我々も出店業者のひとつですし、業者同士は仲間ですから「飴安さん、悪いけどおたくにキャベツある?」とか、イベント当日に業者の食事を賄う食堂からは「明日、照焼き用のブリを85枚頼みたいんだけど」とか声がかかり、それを卸部門から発注するという横の連絡が出来るから、仕事が広がっていく。それぞれの部門に相関性を出しつつ、部門ごとに採算のとれるように努めています。




‥‥‥●部門ごとの独立採算制は徹底しているのですか?
  今、スーパーは大変厳しい状況です。競合店も増えました。当社の場合、5つの店舗が全て住宅地の中にありますが、戸建てが多い町、集合住宅が多い町、そういった地域性に合わせて取扱う商品を少しずつ変えています。5店舗それぞれのチーフが直接、市場に行って仕入れています。チーフは皆、自分の店のお客様に合わせた商品を仕入れ、自分で買った商品には自分で責任を持つようにしています。自分の店を訪れるお客様の顔を思い浮かべながら「○○さんにはこのキャベツ」、「××さんならこの旬のフルーツだ」、そういう仕入れ方で、どうぞお客様の望むものを買ってきてくれと私は言っています。各店舗の売価設定は少しずつ違いますから、よく売れるのは2,500円の牛肉なのか、1,500円の牛肉なのか。それもチーフの判断です。
 問屋が作ったスーパーだからと言って、卸部門や社長の顔色を見るよりも、お店にいらっしゃるお客様の顔色を見ないといけない。そうすると、本社でだけで仕入れる必要もなくなってくる。価格面で得するなら、本社で買ってくれても構わないが、他の問屋さんの方がメリットがあるなら、そっちで買ってくれていいんです。
 昔は卸部門でどうにもならない商品を「スーパーの方で売ってくれ」で済ませてしまっていた。でもスーパーは処分場じゃない。やっぱりお客様ひとりひとりの顔を見ながら販売するべきです。だから5つの店舗全てが独立採算制です。この私が飴安商店の社長であるように、店長はそれぞれの店の社長なんです。その下には青果部や鮮魚部の社長がいて、自分の責任でその部門を切り盛りする。個人商店の社長と一緒です。店の中で赤字の部門が出たとしたら、その時は店長に借用書を作るようなものです。今月赤字だったから50万貸すけれども、来月は返して下さい、年度を通して累積でいくら貸しているよと。会社というのは経営者の集団です。社員は皆それぞれが経営者。これはなかなか厳しいと思いますよ。



‥‥‥●取扱い品目はどのくらいあるのですか?
  

 本社だけで約4,000種類です。そこに肉、魚、野菜、雑貨が入ると、たぶん6,000種類くらい。もちろん小売りのお店ごとに、こっちにないものがあっちにはある、というのが数多くあります。業務用の徳用サイズの食材をスーパーに置いても仕方ないですから。全体としては10,000種類越えているかもしれません。
 卸部門の営業エリアは主に千葉・習志野・船橋・八千代・四街道・成田・市原。千葉市を中心とした、隣接市ですね。それ以外のエリアでも、成田空港がお得意様である関係で、羽田空港にも納品させていただいていますし、変わったところでは船橋ららぽーとの女子トイレ内の自動販売機にも納品しています。もちろん女性社員が定期的に足を運びます。そこに頼まれると嫌と言えない市川直樹がいまして(笑)、それは社員みんなのお給料に反映されるわけですから、採算さえ合えばいいじゃないか、需要があればどこへでも行きますよ。



‥‥‥●社長として、心がけていることはありますか?
  

 月々の労働時間は大体350時間くらい。400時間を越えたこともあります。朝8時〜11時まで働くと計算しても、ほとんど休みはないですね。問屋としては、市場は朝6時から動いているし、夜は夜で、飲食部門の焼き鳥屋は12時まで店が開いてますから、帰るのは2時になる。それぞれの部門に顔を出したら、朝から深夜まであっと言う間ですよ。本社は8時半出勤と決まっていますが、私は8時には会社にいます。23才で入社以来、今まで遅刻は2回だけ。先代の社長に怒られたんですよ。1回目は寝過ごして、2回目は朝、車がパンクしていて、それを直して出勤したら10分遅れてしまった。事情を説明したら「お前の人生には10分のゆとりがねえのか」この一言です。悔しかった。もちろん直行直帰はありますが、それが最後の遅刻です。
 自己管理のコツは、何か自分でひとつ決まりを作ること。私は飲みに行っても必ず夜は12時で帰ります。別にうちの家内に約束したわけじゃありません。1時、2時まで飲みたいのは山々なれど、そんな時間まで飲んでたら翌日辛いでしょう。それなら明日また12時まで飲めばいいじゃないかと(笑)。たとえ接待とかおつき合いで長引きそうでも、私は帰ります。お酒をきれいに飲めるかどうかは大切ですね。引きがきれいかどうか。ぐずぐず飲むより、その方が女性にもてますよ(笑)。
 私にはモットーが3つあって、1つは継続は力なり。当社は規模は小さくとも、130余年の歴史がある。その歴史の厚みというのを、私も常々感じています。継続していくと、その継続を破れなくなり、より継続できるんです。もう1つは臥薪嘗胆。戦に負けたから薪の上で寝起きする、苦い胆を嘗める。それは全部、敵に負けたせいだ。失敗した、その悔しさを忘れないこと。最後は、大胆かつ繊細であれ。これこそが男の魅力だと思いますし、経営者に求められる資質のひとつだと思うんです。継続し、臥薪嘗胆していくとせせこましくなりがちですが、行動は大胆に。その大胆さの中に、繊細さを忘れないことですね。



‥‥‥●今後、新しい展開があれば教えて下さい。
 
地産地消を取り入れることですね。千葉は伊勢エビの収穫高日本一。ヨードは大多喜が日本一で、ヨードを使った千葉のヨード卵も、もっとクローズアップされていいし、我々が売っていかなきゃいけないと思う。牛乳も日本No.2。人参も、牛も豚もある。うちでは大権ポークというのを豚屋さんからうちだけに出荷してもらっていますが、そういうシステムをどんどん増やしたい。我々がトラックを出して直接買い付けに行っても、生産者側はまだ、先に農協ありきなんです。出荷量が減った時、農協を優先されて、うちまで廻って来ないようではチラシに載せることも出来なくなる。クローズアップする術が無いんです。だから農業・漁業に従事する方とのパイプを作りたいですね。千葉のおいしい野菜、無農薬栽培、それをお客様にお薦めしたい。
 そのためにも「そうは問屋が卸すマーケット」をネット上に作って、産地の皆さんに出店してもらいたいですね。農家だけじゃなく、おいしいヨーグルトやチーズケーキ、ハムやチーズを作っているのでもいい。楽天さんのコンパクト版でいいから、そういう市場を作りたい。生産が安定しなくて、100個だったら作れるんだけどという人たちでも参画できる。無店舗販売でいいんです。出来るだけ早く実現したいと考えています。
 






 
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