経  営  談  話  室 
【経営談話室 Vol.51】
 
 資産の保全、運用のパートナーとして
 
 
「大切な資産に、
  オーダーメイドなコンサルティングを」
 
株式会社船井財産コンサルタンツ京葉・鷹野社長に聞く
 
  日本最大級の財産コンサルティング会社である船井財産コンサルタンツ。全国組織であるグループの中で、京葉エリアに展開すること7年。11月6日には行徳に市川支店が、さらに来春には松戸、柏エリアにも支店が誕生するというコンサルティングのプロ集団。鷹野社長にお話をうかがいました。
 
‥‥‥●会社設立の経緯は?
 
設立以前の、前身となった株式会社不動産会計総合センターでは、昭和61年より主に不動産を中心とした資産関係のコンサルティングを行なってきました。これは現在もグループ会社のひとつとなっていますが、京葉のグループを合わせますと、職員は現在約50名です。株式会社船井財産コンサルタンツの京葉エリアを担当する、ここはその本社に当たります。他に津田沼、東京の秋葉原、柏、市川に支店があります。千葉県では、総武線沿線の経済圏と常磐線沿線の経済圏とに分かれるんですね。私どものようなコンサルの仕事は、お客様と直に対面して、個別に細かなところまで、いわゆるオーダーメイドな対策を組み立てて行きますから、それはマニュアル化して「これでどうですか」という商品ではありません。常に、お客様から何かご相談があればすぐに対応しなければいけないので、こちらから出向いていくわけですね。そのためにはお客様の目線の中に我々の支店が入っていないといけません。今は何かひとつの対策を組み立てるのでも、千葉は千葉だけ見ていれば済むわけではなく、首都圏、東京と連動させて、情報を集めながらやっていかないと対応できないんです。そういう点で、今後は京葉エリアをくまなくカバー出来るようにと考えております。




‥‥‥●設立当時のことを教えて下さい。
  不動産会計総合センターという会社を、この場所で興したのが昭和61年。当時はコンサルタントという、形のないものにお金を払うという認識がまだ薄い時代。もともと会計事務所でしたから、ある程度基礎的な利益はあったにしろ、1年目はコンサルの売り上げはゼロでした(笑)。その後、いろいろな専門家の方々とグループ化を図り、ひとつの相談を受けた時、有効活用の問題なら設計事務所、土地の価格の問題なら不動産鑑定士といった具合に、ワンストップ・トゥーコンサルという体勢を取っていきました。自分の売り上げはなくても(笑)、皆で仕事につなげていったという感じです。翌62年、たまたまうちのお客様が、三井銀行の支店長にうちが出した提案書を見せたんですね。そうしたら支店長が「これはなかなか出来ることじゃない」と評価して下さいました。当時三井銀行ではカスタマーアドバイザー、いわゆるFAのスタッフを県内16拠点に16人配置していたのですが、その指導係に私が任命されて、三井銀行本部の顧問税理士契約がスタートしました。各支店のアドバイザー向けに研修を行ない、難しい案件はアドバイザーと私どもが共同で対応を進めるという形で、実に様々な案件を銀行経由でいただくようになり、コンサルの仕事の8〜9割が銀行からのご紹介になりました。それ以降も様々な金融機関とのおつきあいが続き、これまでの事案の対応件数としては全国でもダントツに多いかもしれません。
 当社の場合は特に専門的に、資産関係の税務を中心としたコンサルタント業、いわゆる特化型での対応をさせていただいてきました。グループの中で、私が代表取締役をつとめているのは現在4つ。当社のような仕事は経験者、前を行く人がいないんですよ。会計事務所でコンサルの対応をしているところはなかなかないし、これだけ総合的な業務で、不動産関係に特化しているところはあまりありません。切り口はどうであれ、トータルコーディネート業務ということに変わりはありませんから、どんなに他で経験を積み、立派な職歴があっても、うちに来ると初心者になってしまうんですね。また税理士というと会計事務所的なイメージがありますが、決して計算だけが会計事務所の仕事ではないんです。弁護士同様、税法をいかに読み取るかも重要です。



‥‥‥●どういったお客様から相談を受けるのですか?
  土地関係ですと、区画整理促進機構という全国組織に専門家登録していますので、あちこちでセミナーの講師として呼んでいただいたり、個別相談会を開いたり、私だけでなく何人かの社員で対応しています。東西線・市川妙典駅前の区画整理の際も、毎月定期的に地権者さんのご相談を受けたり、税務研修を開いたりしました。最近ではJR津田沼駅前に残された農地がいよいよ区画整理となり、その顧問もやらせていただいてます。区画整理で発生するのは、補償金や土地の売却などに伴う税務です。「お金が入るけど、どうしたらいいの?」というご相談ですね。当社の仕事は、切り口はいろいろですが、結局は全ての財産において、どういうものが一番最適な仕組みなのか。納税のためにはどう残して、どう処分するか、またどう有効活用するかいろんな方法がありますから、その診断をし、アドバイスを差し上げています。
 また会計事務所が母体ですので、法人のお客様もおられます。さらに銀行側からの依頼もあります。税負担が大きく、資金繰りが伴わずに、そのままにしておくと銀行の返済もままならないのではないかと、そういった場合には私どもが同席し、いろいろご相談にのるという形ですね。
 個人の方なら例えば「土地を売りました」「マンションを建てました」、それでこの後どうしたらいいの?と言って来られますが、出来ればもうちょっと早く相談に来て下さると、こちらは「本当にその土地を売ってしまってもいいんですか?」というところからお話ができ、とりあえず更地を駐車場にして売却を考えるなど、いろんな手立てが出来ます。いつ相談に来てもらえるかですね。後から相談にいらしても、こちらは計算をするだけになってしまう。収支計算や税負担を考えると何千万円、何億円という違いが出ることもあるんです。現在、「資産パートナー」として会員を募り、会報誌『ぱーとなー』を発行しています。会員の方にとって私たちはかかりつけのお医者さん。常に相談が出来るような体勢を整え、今年から本格的に始動して、ほぼ毎月セミナーを開催しています。会員数は現在、京葉のみで500名に達し、3年後には2,400名を目標にしています。セミナーでは土地活用はもちろん、為替や外貨預金といった様々なテーマでお話しています。せっかくセミナーを聞いても、それだけで終わりにしてしまうのはもったいないので、ぜひ入会いただいて気軽にご相談いただきたいですね。その後、本格的に何か対策を考える時も、私どもで対応できますから。



‥‥‥●税理士を目指したきっかけは?
  私は高校時代から大学に行く気がなくて、先に就職先を決めていました。でもこのまま社会に出てしまっても、自分でも周りがよくわからないと時間稼ぎのつもりで大学の経営学部に入ったんですが、案の定面白くなかった。半年後には、友達が在籍していた立教大学に潜り込んで、自分の好きな哲学の講議を受けるようになっていました。でも机の前に座ってやる学問が俺の人生なのかと考えた時、一度社会に出てみて、それからもう一度大学に戻るのが本当ではないかと考え、すぐに就職したんです。いわゆる量販店に2年半くらい勤めましたが、どうもあんまり接客には向かないと気づき、義兄がやっていた会計事務所に入って会計を勉強し始めました。この仕事は性に合っていたようで、職業としての迷いはありませんでした。
 そこで簿記1級まで資格を取り、その後昭和52年、25才で税理士試験に合格しました。翌26才で税理士登録をして開業していますので、年齢的にはたぶん全国でも早い方だと思います。ちなみに結婚して義父になった人も会計事務所をやっていましたから、自分には縁があったのでしょう。やがて義父の、不動産鑑定士の仕事を手伝っているうちに、資産税関係を中心とした税理の仕事を引き受けるようになり、昭和61年、不動産に特化したコンサルティングの会社を設立して今に至ります。



‥‥‥●人生においての夢は何ですか?
  
若い頃からの夢は、哲学を研究することでした。実は今、私は早稲田大学大学院の社会科学研究科修士課程2年生なんですよ。4年前、税理士会の租税訴訟に関する補佐人制度講座というものがたまたま早稲田大学で開講されて、毎週土曜日、大学の先生のもとに1年間通いました。その早稲田の大学院で、以前やっていた哲学の授業を聴講しだしたんです。そこで教授に薦められ、大学院に無事合格できたんですよ。平日夜や土曜日の講座を選び、忙しくてもどうにか通っています。やはり楽しみですからね。20才の時に大学を辞めて以来ずっと大学に戻るのが夢だったのです。一度社会に出て、その上でいつか学び直すのが夢でしたから、それが叶っているわけです。
 大学院の最後には修士論文が待っていますが、私は、1つの分野を狭く深く掘り下げて突き詰めるような研究のための研究は好きじゃなくて「自分はどう生きるか」といった大きなテーマでまとめたいと思っています。どちらかと言えば人生論的なものですね。学問と言っても、たぶん他の皆さんの言うところの趣味の部類に入るんだと思います。学問を学問として研究するのはタイプじゃないんです。私は生きるための学問をしたかった。私がやりたかった哲学は、仕事を持ち、あくまで社会と関わりながら、自分の社会経験に対して、学問的にどうやって意味付けていくか、どう解釈していくかを、これからも追求してくことなのだと思っています。




 





 
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