経  営  談  話  室 
【経営談話室 Vol.70】
 


自宅の一室のパソコン教室からすべてが始まった…

 「一人ひとりの働きたいを
   応援したい!」

 
株式会社アクティブブレインズ 平山喬恵社長に聞く
 
  ITスキルを活かし自宅や近隣コミュニティで働く…そんな女性たちをサポートするビジネスコーディネーターとして、高い評価を得ている株式会社アクティブブレインズ。自らも2児の母である平山喬恵社長にお話をうかがいました。
 

‥‥‥●創業から現在に至り、事業内容は進化していますか?

   起業からちょうど10年がたちました。創業当時はいわゆるSOHOと呼ばれる働き方が社会で紹介され始めた頃で、『SOHO』と『女性の社会参画』というキーワードが、私たちを後押ししました。「SOHOで自分らしく働く」「子育てしながら自己実現」「地域密着型パソコン教室の展開」といった企画提案でいろいろな賞を頂いたり、公募プロジェクトに採択されたり、PCママサロンを世に送り出したりと、創業当初は会社の信頼性を高めるための活動を盛んに行ってきました。2000年頃からは、PCママサロンで育ったお母さんや自宅で起業しているスペシャリストたちに、仕事を提供するようになりました。そのマンパワーを活用して、小・中学校や大学でICT活用の指導を行うインストラクタ業務(教育サポート事業)や、eラーニングやwebサイト等のデジタルコンテンツ開発業務(ソリューション事業)などがスタートしました。また最近では、キャリアデザイン事業を立ち上げ、おもに企業向けヒューマンスキル研修などを実施しています。


‥‥‥●起業までの経緯を教えてください。

  実家は(株)村井ニットというアパレル工場を経営しています。私が家業を手伝うようになった頃は、問屋不要論などがでて業界の改革が行われアパレル業界の浮き沈みが激しい時期でした。倒産・廃業に追いやられる同業者も多く、当時は今以上に必死で働いていました。長女を出産する当日まで働き、出産後も8週で復帰しました。ところが次女出産後は、今までの無理がたたり体調を崩し育児休暇を取るはめになりました。休業中は子どもの友だちのお母さんがよく遊びに来ていました。正確には化粧品や補正下着、栄養食品などの訪問販売に来ていました。お母さんたちになぜこのようなことをしているのかと尋ねると、子育て中なので仕事をしたくても外に働きに出られない、働ける時間が限られているので、働きたくても雇ってもらえない、いったん家に入ってしまうと、時代に取り残され社会復帰が難しいなどの答えがかえってきました。そこで、社会参画したいと強く願うお母さんたちが、元気に活き活きと働くことのできる『場』と『きっかけ』を提供できたら、何かが変わるかもしれないと考えるようになりました。「もしかしたらITスキルがあれば、空いた時間を利用して仕事ができるかもしれない」。自分自身、育児休業中ではありましたが、自宅のパソコンとネットワークを使って、会社にいるときと同じように仕事をこなしていました。
  
まずは、パソコン教室でITスキルを身につけ、そのスキルを活かして仕事をすることができれば、自宅で社会参画ができる。そして、各サロンは地域の情報発信基地として地域活性化の拠点にもなる。就業面でも地域活性化の面でも社会貢献できそうなビジネスモデルを提案にまとめ、大手企業のデジタル事業部の事業部長にプレゼンテーションにいきました。その提案がうまく取り上げられ、PCの貸与を取り付け自宅の1室を使った地域密着型パソコン教室PCママサロンが、自宅の6畳で誕生しました。自宅のパソコン教室が起動に乗った1年後、当時の通産省の「教育の情報化」プロジェクトの公募に応募し、370件ほどの案件の中から見事提案が採択され、そこからPCママサロンのフランチャイズによる全国展開がスタートし、会社を設立するきっかけとなりました。



‥‥‥●社長自身、パソコンはどうやって身につけたのですか?

 私が高校生のころ、村井ニットにも時代の波がやってきて、財務系オフコンが導入されました。ですが、当時会社にいた事務の女性には、とても使いこなすことのできない代物でした。そこで白羽の矢が私に当たり、いきなり高校生の私がオフコンの担当者となりました。会社の業務を把握していない、簿記もわからない、キーボードも触ったことがない、そんな状況でしたが、そのうちなんとか試算表ができるまでになりました。銀行に提出する財務諸表まで作っていたのですから、今だから言える恐ろしい話です。これが私とコンピュータとの出会いです。
   その後、25歳で結婚し、1年ほど主人の仕事の関係でアメリカに住んでいました。帰国後は、家業の手伝いをするようになり、兄が代表取締役社長、私が若干27歳で代表取締役専務に就任し会社を経営しておりました。就任後すぐにパソコンを導入して、売上販売管理、生産・工程管理、財務管理、顧客管理、給料計算、ドキュメント作成、DTP制作などアナログだったものをすべてパソコンで管理していきました。PCの知識はすべて独学、試行錯誤しながら現場でたたき上げたものです。また、新しいものにはすぐに飛びつく性分なので、パソコン通信やネットトレーディングなどにもはまっておりました。考えてみると村井ニットでの経験すべてが現在の仕事の基本になっています。


‥‥‥●仕事をすることに対し、ご主人などご家族からの理解は?

  夫は、千葉大時代の音楽系サークルの先輩です。同じバンドで夫がドラムス、私がベースを担当し活動していました。大学時代からの付き合いなので、仕事に関しても家庭に関しても、とても協力的です。特に村井ニット時代は、ほぼ休日はありませんでしたから、夫が率先して家事を手伝ってくれました。起業してからは、いろいろな問題に直面するたびに的確なアドバイスをしてくれ、いつも心の支えになっています。2人の娘も、母親の仕事をよく理解しているようです。ですが、やはり子どもなのでここぞと言うときには、母親を必要とします。そんな信号が出ているときは、仕事よりも子どもを優先するよう心がけています。仕事は代わりがいても、母親の代わりはいませんから。
   私が仕事をする上で一番有難く思っているのは、義母と母の存在です。特に義母は新しい考え方の人で「これからの女性は外に出てどんどん活躍するべき、子どもたちの面倒は私が見るから、ママは外でしっかりやってきなさい」と送り出してくれます。これほど心強い言葉はありません。いつも家族には感謝しています。



‥‥‥●事業が拡がる中、一番力を入れたいのはどの分野ですか?

  いま世の中が、慌しく追い立てられているような感じがしています。また、心が渇いているような感じもあります。そこで、私たちは、お客様の心が潤い楽しく笑顔でいられるようなサービスを提供していきたいと常々考えています。でもそのサービスは、簡単にできるものではありませんので、とにかく身の回りの小さな積み重ねからそれを成長させていこうと努力しています。
   そんな中、今一番力を入れていきたい分野はキャリアデザイン事業で行っている人材教育です。テクノロジーがいくら発達しても、企業、学校、家庭、地域において一番大事なことは昔と変わらず『コミュニケーション』であると実感しています。仕事をしていて悩みを持たない人は、いないと思います。ですが、その悩みをできる限り軽減することは可能です。その方法は、社内コミュニケーションの基本である報・連・相だったり、簡単な日常の挨拶だったりします。人材研修を通じて、個人や会社を元気にする応援をしていきたいです。
 それから、若手クリエーターを応援するラボを開設します。自由な発想大歓迎、大きく夢を語るwelcome!そんな若者たちに場の提供、情報の提供、人や仕事のマッチング等、いろいろな仕掛けをしていきます。


‥‥‥●女性の働き方に選択肢が増えることは社会的意義も大きいですね。

   女性の働き方の選択肢が増えるということは、言い換えればいろいろなワーキングススタイルで働く女性が増えていくということです。働く女性が増えれば、会社側も働く女性たちのニーズにあった条件をある程度整備していかなければなりません。
   弊社では、休暇を取りやすい環境を積極的に作っています。そのため有給休暇の消化率はほぼ100%に近いです。子どものいる人は主に子どもの行事や病気のために有給を使い切ってしまいます。それ以外の人は、夢の実現に向けた研修に使ったり、休息のための家族旅行などに使ったりしています。また、学校や幼稚園の行事には、私自ら積極的に参加して、みんなも参加しやすい環境を作っています。お母さんが来てくれないときの子どもの気持ちを想像すると、とても切なくなります。年に数回のことなので仕事には全く影響はでません。ならば、気持ちよく参加してもらいたいと思います。
   社員がお互い様の気持ちを持って心地よく働ける環境を作ることは、会社の業績にも深く影響してくると考えています。

 
 経営談話室のページに戻る
  Copyright (c) 1998 Chiba Chamber of Commerce & Industry. All rights reserved.