経  営  談  話  室 
【経営談話室 Vol.83】
 


  “おいしさ”にこだわり60年
 

お菓子を通じて小さな幸せを提供
   

 
 
 株式会社オランダ家 池田孝雄社長に聞く
 
  創業から60年にわたり「本物のおいしさ」を追求してきたる歴史の中で培った技術力とノウハウを生かすため、新たな分野に挑もうとしています。同社の礎を築いた遠藤秀隆社長と、その子息で社長代理を務める雅章さんにお話を伺いました。 
 

‥‥‥●まずは、創業の経緯からお聞かせ下さい。

 当社は、私の父の池田秀雄が昭和24年に創業しました。元々、父は東京の蔵前でおもちゃ問屋を経営していたのですが、戦争で経営が立ちゆかなくなり、千葉市の稲毛町(当時)の自宅で菓子・パンの製造卸を始めたのが最初です。しかし、元おもちゃ屋ですから、全く経験がないわけです。親戚に外務省のパン工場に務めている人がいたので、兄(弘)がその人のもとでパンの作り方を2〜3カ月修行し、開業にこぎつけました。

‥‥‥●創業当初は木村屋という屋号だったのですね。

 パンの木村屋さんとはまったく関係がありません。当時は、パン屋さんの屋号に木村屋が多かったんですよ。それで、うちも何となく「木村屋」としてスタートしたようです。
当時はまだ、パンの委託加工が主だったのですが、それだけでは食べていけないので、和菓子の製造卸をやりながら食いつないでいました。まだ、砂糖も配給でしてね、大方のお菓子屋さんはサッカリンという人工甘味料を使っていたのですが、父は「おいしくなければお菓子じゃない」が持論でしたので、ヤミで砂糖を買ってきて…。ヤミの砂糖は違法でしたが、お菓子そのものはおいしいと評判でした。「おいしくなければお菓子じゃない」という父の信念は、今も会社の基本理念として受け継がれています。

‥‥‥●その後、昭和39年に社名を「オランダ屋」と変更します。その経緯は?

 木村屋のころから、味にはこだわりがあり、自慢の菓子を作っては卸先に持っていくのですが、「小さすぎて見栄えがしない」などと断られたそうです。ですから、納得のいくお菓子やケーキを自分たちで売りたいという思いがあったようです。そして、大きなきっかけとなったのは、昭和39年の千葉駅の移転でした。それまで千葉駅周辺にあった得意先が廃業したり、転業したりでどんどん減ってしまい、我々も危機感を感じていたのです。そこへ栄町のお得意さんから店を貸してくれる話があり、念願の洋菓子専門店を出店することになったわけです。第一号店開業に当たり、新しい名前をということで、私が「オランダ屋」はどうかと提案したところ、イメージがいいし覚えやすいということで決まりました。

‥‥‥●「オランダ」を社名に使用するため、オランダ大使館に使用許可をお願いした
     そうですね。


 親父は律儀なところがありましてね、「国名を使うのだから大使館にあいさつに行こう」と正装して。私も連れて行かれました。大使館の人は「それなら、おいしいお菓子を作って下さい」といって快く了解してくれました。今でも大使館とはお付き合いがあります。

‥‥‥●オランダのお菓子をつくっていたのですか?

 最初のころはありました。オランダにアルクマールというヨーロッパ中のチーズが集まり取引きされる土地があるのですが、そのアルクマールを使ったチーズケーキなどをつくっていました。当社のギフト商品第一号は、オランダにちなんだ「チューリップサブレ」です。

‥‥‥●1号店オープンから昭和50年代にかけて、順調に店舗数を伸ばし会社として
    も成長していきますね。


 昭和41年に木更津に2号店(西口店)がオープンします。この店が転機でした。開店当時は、会社の規模も小さく、知名度も低かったため、取引先の銀行から支援を断られたりもしましたが、栄町店の大家さんが支援をしてくれたお陰で開店にこぎ着けたのです。当時では珍しくレストランもある大型店でした。この木更津店が出来て、一挙に「オランダ屋」(当時)の知名度が上がりました。

‥‥‥●昭和46年に株式会社となり、新工場も完成。資本金の増資も行われるように
    なります。このころが御社の発展期といえますね。


 その頃は、兄の弘が父から経営を引き継いでいましたが、やはり拡大したいという意欲があったのでしょう。当時は、スーパーも大型化していたり、多店舗化を進めていた時期で、兄も勉強会に出席したりしているうちに事業拡大の意識が出てきたのだと思います。

‥‥‥●商品開発の面で変化はありましたか。

 県内にはさまざまなお菓子屋さんが関西や東京から進出してきていました。こうしたライバルと競合していくため、我が社の強みとして「オランダのお菓子」ではどうもアピールしにくい。そこで「千葉のお菓子屋」になろうと考えました。千葉の名産といえば、やはりピーナッツ。そこで、県産ピーナッツを使用したお菓子を考案しました。それが、今では当社のベストセラー商品となっている「楽花生(らっかせい)パイ」です。特色を出すため、パッケージも当時菓子業界ではタブーとされた黒の色を使いました。ネーミングも、当社自慢のこのお菓子を食べて楽しい時間を過ごしていただきたいとの思いを込めて「落花生」ではなく、「楽花生」としました。

‥‥‥●社名・商標も、「オランダ屋」から「オランダ家」に変更されていますね。

 昭和62年に和菓子を始めたときに、先代の社長が決めたものです。「当社のお菓子を一家だんらんで食べてもらおう」とのイメージで、温かみのある「家」という字の方がいいだろうということで「オランダ家」と改めたわけです。「家族の絆を深めるお手伝いをしたい」との気持ちも込められています。

‥‥‥●御社が創業から貫いてきた「おいしさ」へのこだわりについてお考えをお話し
    下さい。


 当社の経営理念は「おいしさは心」です。オランダ家から「おいしさ」をなくしたら、オランダ家の存在はないという覚悟で今までやってきました。いい材料を使いすぎて原価が高くなってしまうこともありますが、それでも商品としては、差別化につながるのです。例えばケーキ類などに使うクリームも、4〜5年前から純粋の生クリーム使っています。最初はちょっと怖かったのですが、でも「おいしさ」のために貫いています。鮮度管理には気を遣っていますよ。

‥‥‥●ここ数年、食の安全や信用を揺るがす事件が続発しましたが、御社はどのよう
    に感じておられましたか?


 お客さまを裏切ることで、よくないことだと思います。失った信頼を取り戻すのは大変ですからね。うちはどちらかというと、愚直にまじめに商売をやろうというのが方針です。昨年、県産ピーナッツが不作で材料が調達不足となったときも、広告で「千葉県産以外は使わない」と宣言し、お客さまに「品薄になり、場合によっては商品を作れなくなる可能性もありますがご了承下さい」とお断わり申し上げました。たとえ値段が高くなり売れ行きが下がっても、こだわりは捨てないというのが私たちの考えです。
 
‥‥‥●商品の差別化についてはどうお考えですか。

 よそが簡単にまねが出来ないよう、少しずつ既存商品を進化させようと考えています。実は、当社のパイ商品は、パイ生地そのものをオランダの協力工場で作ってもらっているのです。理由は、バターです。発酵バターといって、ねかして発酵させることでうまみを出すのですが、生産効率は大量生産のバターに比べてよくありません。しかし、ヨーロッパではそれじゃないと本当のバターじゃないといわれています。ただ、関税が高いので、バターだけ輸入するのは難しい。それで、現地の工場で作っているというわけです。パイ生地も、何度もオランダに足を運んで指導して納得のいく製品を作ってもらっています。

‥‥‥●Bayfmと共同開発した「千葉ミルフィーユ」は話題になりましたね。

 この商品は、「千葉に赤福のような日本全国に通る商品を作りたい」とのリスナーからの声に応えて、Bayfmが私どもに依頼し、共同開発した商品です。ミルフィーユはフランス語、「ミル」は「千」です。「フィーユ」は「葉」です。二つの言葉を合わせると、「千葉」です。お陰さまでヒット商品となり、このほど売り上げ700万個を達成して式典を行いました。次は1000万個を目指しています。
 もうひとつ、他社との差別化の一環として注目しているのが農業です。ピーナッツなど自社製品に使われる材料を自社で栽培するというのが構想で、将来、農業法人などを立ち上げ自家農園を経営したいという考えがあります。

‥‥‥●現在、県内で53店舗を展開していますが、今後も新たな店舗を考えておられ
    ますか。

 
 実は今のところは新店舗の出店よりも既存店の充実を図ることに力を注いでいます。お陰さまで今のところ既存店では前年比も伸びていますので、人を育てることを優先事項としています。接客は、商品同様に当社が最も重視しているものですから。
 
‥‥‥●菓子業界の今後とオランダ家が目指すものは。

 おそらく、総需要は伸びず、このままでは小さなパイの奪い合いになるでしょう。そうなったときに、きちんとお客さまのことを考えている企業は、自然と受け入れられ生き残っていけるのではないでしょうか。お菓子がなくても人は生きていけます。でも、世の中にはなくていいものの方が価値が高いこともあります。そう考えると、なくてもいいということは、逆にいうとほかにはない「オンリーワン」であるとも考えられます。どこにでもあって同じものでは意味がありません。ですから、当社は「オンリーワン」を目指したい。私は社員たちに「オランダ家は何屋か」と問いかけています。菓子屋と答えるでしょうが、そうではありません。人はおいしいお菓子に出会ったとき、幸せな気分になりませんか? それは、ささやかなものかもしれませんが、私たちはおいしいお菓子を通じて、お客さまに小さな幸せを提供するのが仕事と考えています。オランダ家は何屋か。私は「おいしい幸せ提供業」だと答えています。
 
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